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札幌地方裁判所 平成6年(ヨ)344号 決定 1996年3月29日

大阪市中央区平野町二丁目一番二号

債権者

日本臓器製薬株式会社

右代表者代表取締役

小西甚右衛門

右代理人弁護士

品川澄雄

水田耕一

右復代理人弁護士

吉利靖雄

右補佐人弁理士

村山佐武郎

札幌市中央区北三条西二八丁目二番一号

債務者

株式会社バレオ

右代表者代表取締役

眞鍋雅昭

右代理人弁護士

馬杉栄一

上坂明

北本修二

毛利節

右補佐人弁理士

伊藤武雄

主文

一  債権者の申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一  事案の概要

本件は、債権者が、債務者の販売するワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出液を有効成分とする医薬品(以下「ローズモルゲン注」という。)は、債権者が特許権を有する特許発明の技術的範囲に属する物質を有効成分とするから、これを販売することは特許権の侵害に当たり、そのため債権者の本件発明の実施品である医薬品の販売に回復しえない甚大な損害を被ると主張して、債務者に対し、同社が販売するローズモルゲン注の販売及び宣伝広告を仮に差止めることなどを求めた事案である。

第二  前提事実

一  債権者は、医薬品等の製造販売を業とする法人であり、債務者は、医薬品の販売等を業とする法人である。(審尋の全趣旨)

二  債権者は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。

(甲一、二)

1  発明の名称 新規生理活性物質、その製造方法及び鎮痛、鎮静、抗アレルギー作用を有する医薬

2  特許出願 特願昭五二-一六四九八号

3  出願日 昭和五二年二月一七日

4  公告番号 特公昭六三-三九五七二号

5  公告日 昭和六三年八月五日

6  登録日 平成元年四月七日

7  登録番号 特許第一四九〇一六三号

8  特許請求の範囲

(一) 次の物理化学的性質:

(1) 性状:かつ色無定形の吸湿性粉末

(2) 溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶

(3) 紫外部吸収:UVmax二五五-二七五nm

(4) ニンヒドリン反応:陽性

(5) 本発明物質二mgをとり、過塩素酸一mlを加え、液が無色になるまで加熱し、希硫酸三ml、塩酸アミドール〇・四g及び亜硫酸水素ナトリウム八gに水一〇〇mlを加えて溶かした液二ml、モリブデン酸アンモニウム一gに水三〇mlを加えて溶かした液二mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、

(6) 本発明物質五mgをとり、水を加えて溶かし一〇mlとし、この液一mlに、オルシン〇・二g及び硫酸第二鉄アンモニウム〇・一三五gにエタノール五mlを加えて溶かし、この液を塩酸八三mlに加え、水を加えて一〇〇mlとした液三mlを加えて沸騰水浴中で加熱するとき、液は緑色を呈し、

(7) 本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈殿を生じ、そして

(8) 本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、を有する新規生理活性物質(以下「本件物質」という。)。

(二) 次の物理化学的性質:

(1) 性状:かつ色無定形の吸湿性粉末

(2) 溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶

(3) 紫外部吸収:UVmax二五五-二七五nm

(4) ニンヒドリン反応:陽性

(5) 本発明物質二mgをとり、過塩素酸一mlを加え、液が無色になるまで加熱し、希硫酸三ml、塩酸アミドール〇・四g及び亜硫酸水素ナトリウム八gに水一〇〇mlを加えて溶かした液二ml、モリブデン酸アンモニウム一gに水三〇mlを加えて溶かした液二mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、

(6) 本発明物質五mgをとり、水を加えて溶かし一〇mlとし、この液一mlに、オルシン〇・二g及び硫酸第二鉄アンモニウム〇・一三五gにエタノール五mlを加えて溶かし、この液を塩酸八三mlに加え、水を加えて一〇〇mlとした液三mlを加えて沸騰水浴中で加熱するとき、液は緑色を呈し、

(7) 本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈殿を生じ、そして

(8) 本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、

を有する物質を有効成分とする鎮痛剤。

(三) 次の物理化学的性質:

(1) 性状:かつ色無定形の吸湿性粉末

(2) 溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶

(3) 紫外部吸収:UVmax二五五-二七五nm

(4) ニンヒドリン反応:陽性

(5) 本発明物質二mgをとり、過塩素酸一mlを加え、液が無色になるまで加熱し、希硫酸三ml、塩酸アミドール〇・四g及び亜硫酸水素ナトリウム八gに水一〇〇mlを加えて溶かした液二ml、モリブデン酸アンモニウム一gに水三〇mlを加えて溶かした液二mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、

(6) 本発明物質五mgをとり、水を加えて溶かし一〇mlとし、この液一mlに、オルシン〇・二g及び硫酸第二鉄アンモニウム〇・一三五gにエタノール五mlを加えて溶かし、この液を塩酸八三mlに加え、水を加えて一〇〇mlとした液三mlを加えて沸騰水浴中で加熱するとき、液は緑色を呈し、

(7) 本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈殿を生じ、そして

(8) 本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、

を有する物質を有効成分とする鎮静剤。

(四) 次の物理化学的性質:

(1) 性状:かつ色無定形の吸湿性粉末

(2) 溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶

(3) 紫外部吸収:UVmax二五五-二七五nm

(4) ニンヒドリン反応:陽性

(5) 本発明物質二mgをとり、過塩素酸一mlを加え、液が無色になるまで加熱し、希硫酸三ml、塩酸アミドール〇・四g及び亜硫酸水素ナトリウム八gに水一〇〇mlを加えて溶かした液二ml、モリブデン酸アンモニウム一gに水三〇mlを加えて溶かした液二mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、

(6) 本発明物質五mgをとり、水を加えて溶かし一〇mlとし、この液一mlに、オルシン〇・二g及び硫酸第二鉄アンモニウム〇・一三五gにエタノール五mlを加えて溶かし、この液を塩酸八三mlに加え、水を加えて一〇〇mlとした液三mlを加えて沸騰水浴中で加熱するとき、液は緑色を呈し、

(7) 本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈殿を生じ、そして

(8) 本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、

を有する物質を有効成分とする抗アレルギー剤。

(五) ワクシニアウイルスを接種し、発痘させた動物組織(ひとを除く。)、培養細胞、若しくは培養組織を磨砕し、これにフエノール加グリセリン水を加えて抽出し、前記抽出液体を等電点付近のpHに調整し、次いでこれを加熱ろ過して除蛋白を行ない、除蛋白したろ液を弱アルカリ性条件下で加熱した後ろ過し、前記ろ液を酸性条件下で吸着剤と接触せしめ、そして水又は有機溶媒を用いて前記吸着剤から有効成分を溶出する工程からなることを特徴とする、次の物理化学的性質:

(1) 性状:かつ色無定形の吸湿性粉末

(2) 溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶

(3) 紫外部吸収:UVmax二五五-二七五nm

(4) ニンヒドリン反応:陽性

(5) 本発明物質二mgをとり、過塩素酸一mlを加え、液が無色になるまで加熱し、希硫酸三ml、塩酸アミドール〇・四g及び亜硫酸水素ナトリウム八gに水一〇〇mlを加えて溶かした液二ml、モリブデン酸アンモニウム一gに水三〇mlを加えて溶かした液二mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、

(6) 本発明物質五mgをとり、水を加えて溶かし一〇mlとし、この液一mlに、オルシン〇・二g及び硫酸第二鉄アンモニウム〇・一三五gにエタノール五mlを加えて溶かし、この液を塩酸八三mlに加え、水を加えて一〇〇mlとした液三mlを加えで沸騰水浴中で加熱するとき、液は緑色を呈し、

(7) 本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈殿を生じ、そして

(8) 本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、

を有する新規生理活性物質の製造方法。

三  申立外株式会社フジモト・ダイアグノスティックス(以下「フジモト・ダイアグノスティックス」という。)は、ローズモルゲン注について製造承認を受けたうえ、申立外藤本製薬株式会社(以下「藤本製薬」という。)及び医薬品販売業者を通じて各地の医療機関にこれを販売し、債務者も、

平成六年一月以降藤本製薬からローズモルゲン注を購入し、それを医療機関などに業として販売している。(甲二四、審尋の全趣旨)

四  ローズモルゲン注は、同じくフジモト・ダイアグノスティックスが製造するワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚組織抽出物質のFN原液『フジモト』を有効成分とする医薬品で、一管三ml中に同原液三mlを含有し、注射液とするのに必要な等張化のために塩化ナトリウムが添加されている。(甲七、乙八七、審尋の全趣旨)

五  債権者はノイロトロピン特号、ノイロトロピン特号3cc、ノイロトロピン錠といった各種ノイロトピン製剤を製造、販売しており、これらとローズモルゲン注の製造承認、発売等の経緯は、別紙発売等経過表のとおりである。(甲四、乙三、四、六、七、一〇の二ないし六、一一、一四、四五、五二、五四、審尋の全趣旨)

第三  争点

一  ローズモルゲン注の有効成分であるFN原液フジモトが、本件特許権の特許請求の範囲に記載されている八項目の物理化学的性質(以下「本件性質」という。)全てを具えているか(その前提として、本件特許権の特許請求の範囲に記載された「エタノール」、「可溶」、「紫外部吸収:UVmax二五五-二七五nm」という文言の意味、ローズモルゲン注の脱塩減圧乾固物がFN原液『フジモト』に相当するといえるか否か、試験の妥当性などが問題になっている。)。

二  本件特許権は、特許請求の範囲の記載によって対象になる化学物質を特定することができず、権利行使が許されないか

三  本件特許権の出願当時、本件特許権の対象とする物質が公知のものでみったか

四  本件特許権の出願当時、ローズモルゲン注の有効成分であるFN原液フジモトが公知のものであったか

五  保全の必要性

第四  争点に対する判断

一  争点一について判断する。

1  債権者の主張の概要は次のとおりである。すなわち、債権者が現在製造しているノイロトロピン特号3ccは本件物質の実施品、すなわち、本件物質を有効成分とするノイロトロピン原液に等張化剤として塩化ナトリウムを加えたもので、他方、ローズモルゲン注もFN原液『フジモト』に等張化剤として塩化ナトリウムを加えたものである。そして、ローズモルゲン注は、ノイロトロピン特号3cc(ただし、「ノイロトロピン錠」あるいは「ノイロトロピン」と主張は変遷している。)の後発医薬品であるから、それぞれの原体であるFN原液『フジモト』とノイロトロピン原液は同等物である。そこで、ローズモルゲン注を現在のノイロトロピン原液の塩濃度(導電度約一・四mS/cm)と同程度に脱塩して乾固したもの(以下、右程度に脱塩したものを「不完全脱塩乾固物」という。)の物理化学的性質について試験をすると、本件性質と同じであると認められるから、結局、FN原液『フジモト』は本件性質を具えているといえる。

右の主張について、当裁判所は、ローズモルゲン注の不完全脱塩乾固物がFN原液『フジモト』と有効成分を同じくするものであることを一応にせよ認められず、FN原液『フジモト』が、本件性質(5)及び同(6)の試験方法において反応を示す範囲内の塩濃度であること(脱塩率が一定程度以下に下がると反応を示さなくなる。)を認めるに足りる疎明もないので、右不完全脱塩乾固物について債権者が主張する試験結果をもってしても、FN原液『フジモト』が本件性質を具えているとは一応にせよ認められないと判断するものである。以下、この点について理由を述べる。

2  まず、右債権者主張のように、ローズモルゲン注を導電度約一・四mS/cmになるように脱塩したものが、FN原液『フジモト』にあたるか否か検討する。

(一) 疎明資料(甲二六、三八)によれば、現在のノイロトロピン原液の導電度が約一・四mS/cmであることは一応認められるので、以下、FN原液『フジモト』とノイロトロピン原液が同等物であるか否かについて判断する。

疎明資料(甲六、乙一)によれば、発売当初のノイロトロピン特号3ccの有効成分であったノイロトロピンは、債権者が特許権を有する特許第一八六八三二号の製法により牛痘ウイルスで処置した炎症組織から分離に成功した複合多糖類を含み、アルコール、アセトン、エテールに不溶で水に可溶であるなどの物理化学的性質を有することが一応認められ、これによると、発売当初のノイロトロピン原液は本件性質と異なる性質を具えていたことになる。ところが、債権者の前記主張によれば、債権者は、平成四年二月二一日にローズモルゲン注がノイロトロピン特号3ccの後発医薬品として製造承認を受けたときのノイロトロピン原液の有効成分が現在のノイロトロピン特号3ccのそれと同じであることを前提に主張を構成しているといえるから、ローズモルゲン注が製造承認を受ける前に、ノイロトロピン特号3ccの有効成分に変更があったか否かが問題となる。

この点について、債権者は、ローズモルゲン注の製造承認が申請される前にすでにノイロトロピン錠が製造承認を受け、それは現在のノイロトロピン特号3ccと有効成分を同じくするから、ローズモルゲン注はノイロトロピン(債権者はこのように主張するが、ノイロトロピン自体は医薬品ではないから、ノイロトロピン製剤の意味であると思われる。)の後発医薬品であると主張する。しかしながら、ノイロトロピン錠の有効成分が本件性質を具えていると認めるに足りる疎明はなく、ローズモルゲン注がノイロトロピン製剤の後発医薬品であると認めるに足りる疎明もない。かえって、ローズモルゲン注は液体で医薬品としてはノイロトロピン錠と形態を異にするのであるから、その後発医薬品ではない可能性が高いうえ(債権者も当初ノイロトロピン特号3ccの後発医薬品であると主張していたうえ、甲第四七号証においても、ノイロトロピン特号3ccの後発医薬品であることを前提としている。)、また、ノイロトロピン錠が製造承認を受けたからといって、ノイロトロピン特号3ccの有効成分が変更になったと認められない。

そうすると、ローズモルゲン注が後発医薬品として製造承認を受けた際のノイロトロピン特号3ccが、現在のノイロトロピン特号3ccと有効成分を同じくすると認めるに足りる疎明がないことに帰着し、したがって、FN原液『フジモト』と現在のノイロトロピン原液が同等物であるとは一応にせよ認めるに足りない。

(二) また、疎明資料(甲五七)によれば、一般的に、動植物抽出物について、後発医薬品として製造承認を得るためには、原体で申請する場合はもちろん、製剤で申請する場合でも、生物学的同等性に加えて原体での物理化学的、免疫化学的、酵素化学的、毒性学的同等性の確認が必要になることが一応認められるものの、本件全疎明資料によっても、そこでいう「同等」の内容(全く同じか類似しているものか等)がいかなるものか、また、それを判断するための具体的基準は明らかでない。

したがって、仮にローズモルゲン注が製造承認を受ける前に発売当初のノイロトロピン特号3ccの有効成分に変更があり、ローズモルゲン注が現在のノイロトロピン特号3㏄の後発医薬品として製造承認を受け、両医薬品の原体が同等であるというとしても、ただちにFN原液がノイロトロピン特号3ccのそれと同一の物理化学的性質を有するとまではいえないというべきである。

(三) 以上によれば、ノイロトロピン原液の塩濃度(導電度約一・四mS/cm)と同程度に脱塩したものがFN原液『フジモト』にあたるとは一応にせよ認められない。

3  FN原液『フジモト』が本件性質(2)の一部(水、メタノールに可溶であること)、同(4)、同(7)及び同(8)の物理化学的性質を有することは当事者間に争いがなく、債権者は、ローズモルゲン注の不完全脱塩乾固物を検体として試験を行ったところ、その結果本件性質(1)、同(2)、同(5)及び同(6)各記載の性質を有することが判明したと主張し(なお、本件性質(3)については、ローズモルゲン注の完全脱塩物を検体として試験を行ったところ、それが認められたと主張している。)、それに副う疎明資料(甲一八の一、一九、二一、二二、三八、四九、五六)も存在する。

しかしながら、前記のとおり、右検体はFN原液『フジモト』の塩濃度と同じとは一応にせよ認められないのであるから、右実験の結果が、塩素イオン濃度の高低に全くあるいは少なくともほとんど影響されないものでない限り、FN原液『フジモト』が本件性質(1)、同(2)、同(5)及び同(6)各記載の各性質を有するとはいえないというべきである。

そこで、以下、便宜本件性質(5)及び同(6)の試験について判断する。

(一) 疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(1) ローズモルゲン注の不完全脱塩乾固物(導電率約一・四mS/cmで、その脱塩率は約九四パーセントである。)に本件性質(5)及び同(6)記載の方法でそれぞれ試験を施したところ、前者は青色、後者は緑色を呈した。本件性質(5)記載の試験は、モリブデンプルー反応といってリンの存在を、同(6)記載の試験はオルシノール反応といってペントースの存在をそれぞれ確認するための定性試験である。(甲二六、四七、五六)

(2) ローズモルゲン注五mlをあらかじめ重量を量った蒸発皿に移し、沸騰水浴上で蒸発乾固し、シリカゲルデシケーター中で減圧下に一晩乾燥させる試験を三回行ってローズモルゲン注五mlに含まれる乾固物の重量を測定したところ、それは平均約四五・九mgであった。また、ローズモルゲン注一mlを正確に量り、指示薬としてフルオレセインナトリウム試液三滴を加え、〇・〇二N硝酸銀液で滴定する試験を同じく三回行って、いずれも係数一・六八八を乗じ、それを五倍してローズモルゲン注五mlに含まれる塩化ナトリウムの重量を測定したところ、それは平均四三・〇mgであった。また、ローズモルゲン注に含まれるリンを無機リン測定キット(モリブデンブルー法)を用い、吸光度測定により定量したところ、三・三ないし三・四μg/mlとなり、同じくICP発光分析法で定量すると、四μg/mlとなった。(甲二九、三一、五三)

(3) 既知量のリン及びペントースを用いて、本件性質(5)及び同(6)記載の試験方法により得た反応液を、分光光度計による測定時に使用される石英セル(四角柱型のもの)に入れ、液層を三〇mmとしてその石英セルを白色紙の上に立て、真上から呈色反応を観察してリン及びペントースの検出限界値を調べたところ、リンは概ね〇・五μg/mlで、堅実にみてもせいぜい一μg/mlであり、ペントースは一・〇μg/mlであった。(甲五四)

(4) ローズモルゲン注の完全脱塩乾固物を〇・五mg/mlとした液を用いて本件性質(6)記載の試験方法により得た反応液を、試験管に入れて呈色反応を観察し(したがって、液層の厚さは試験管の直径である。)、検出限界値を調べた右試験結果と対比すると、概ね、液層三〇mmにおけるペントース濃度三・〇μg/mlの場合の呈色程度に相当する。(甲三、四四、五四)

以上の事実が一応認められ、右に反する疎明資料((1)について、本件性質(6)の方法で試験を施しても緑色に呈色しなかったとする乙第五五号証)の記載は採用できない。

(二) 本件性質(5)の内容及び右に疎明された事実によれば、ローズモルゲン注一ml当たりの減圧乾固物の重量は約九・一八mg、そのうち塩化ナトリウムの重量は八・六mg、それ以外の乾固物重量は約〇・五八mgであるから(この場合は完全脱塩乾固物となる。)、乾固物重量〇・五八mgにはリンが少なくとも三・三μg(先に疎明された数値のうち、最も低いものを前提にする。)含まれていると一応認められる。そうすると、本件性質(5)の試験方法においては、検体の重量が二mgとされているから、乾固物重量二mg中に含まれるリンの重量は、一一・三八μg(三・三×二÷〇・五八)となる。そして、右試験方法においては、検体二mgに過塩素酸一ml、アミドール試薬液二ml、モリブデン酸アンモニウム液二mlを加えて試験混合液は五mlとなっているので、それと乾固物重量二mg中に含まれるリンの前記重量を前提にすれば、右試験混合液一ml当たりのリンの重量は約二・二七μg(一一・三八÷五)となり、一ml当たりのリンの検出限界〇・五μgをはるかに上回り、ローズモルゲン注の完全脱塩乾固物は物理化学的性質(5)の試験方法により当然青色を呈することになる。

ところが、検体の重量が一定であるのに対し、脱塩の程度が低くなると、除去された塩化ナトリウムを除いた残余の乾固物の中に除去されていない塩化ナトリウムが検体中に混入することになるから、本件性質(5)の試験方法における試験混合液一ml(検体の重量は二mg)あたりのリンの重量は、前記の約二・二七μgを最大としてしだいに少なくなる。そして、それを検出限界である〇・五μgとし、逆算して脱塩後の乾固物重量を求めると、二・六四mgとなり(〔三・三×二〕÷〔〇・五×五〕)、これとローズモルゲン注一ml当たりの乾固物重量を前提に脱塩した塩化ナトリウムの重量を導き出し(九・一八明-二・六四=六・五四)、脱塩率を計算すると、約七六・〇パーセントとなり(六・五四÷八・六)、仮に、右検出限界を堅実に一μgとして脱塩率を計算すると、約九一・四パーセントになる。

(三) 他方、ローズモルゲン注の完全脱塩乾固物におけるペントースの量は、前記疎明事実によっても必ずしも明らかではない。そこで、ローズモルゲン注の完全脱塩物を本件性質(6)記載の方法により試験した場合の呈色反応の結果からペントースの量を推測すると、本件性質(6)の混合液は四mlであるところ、疎明資料(甲四四)によれば、ローズモルゲン注の完全脱塩乾固物を本件性質(6)記載の試験方法により得た反応液を試験管に入れて呈色反応を観察した際、液の高さのうち、試験管の半球となっている底部を除いた直管状部分の長さと直径は、概ね同じ程度の長さであったと一応認められるから、それを前提とする限り、液層である試験管の直径は二〇mmよりやや短いと考えられる。そうすると、検出限界値を調べた試験の液層(先に疎明されたとおり、この場合の液層は三〇mmである。)よりも右試験の液層の方が短いにもかかわらず同じ程度の呈色を示していることになるから、ローズモルゲン注一mlの完全脱塩乾固物のペントースの量は、少なくとも検出限界値を調べた際に相当した呈色反応である三μg/mlより多いというべきであり、双方の試験の液層の厚さを対比すると、ローズモルゲン注の完全脱塩乾固物を本件性質(6)記載の試験方法により得た反応液中のペントースの量は、概ね五μg/ml前後くらいであろうと推測される。

そして、右を先に疎明されたペントースの検出限界(一μg/ml)と対比すれば、乾固物〇・五mg中のペントースの量が、完全脱塩した場合の五分の一程度以下になると、本件性質(6)の試験によっても緑色を呈しない可能性が生ずることになる。そして、先のとおり完全脱塩した場合の乾固物重量は〇・五八mg/mlであるから、右はローズモルゲン注一mlを不完全脱塩した後の乾固物の重量が二・九mg以上になる場合、すなわち、先に疎明されたローズモルゲン注一ml当たりの乾固物重量(約九・一八mg)を前提にすれば、脱塩する塩化ナトリウムが約六・二八mg(約九・一八-二・九)以下になる場合であると一応認められ、ローズモルゲン注一ml当たりの塩化ナトリウム含有量(八・六mg)を前提にこの場合の脱塩率を計算すると、約七三パーセント以下になる場合ということになる。

なお、これに反する疎明資料(ローズモルゲン注の完全脱塩乾固物の濃度を〇.五mg/mlとした液一mlを一〇倍に希釈しても本件性質(6)の試験によってうすい緑色を呈するであろうという甲第四七号証)の記載は右の結果に照らして採用できない。

(四) 以上によれば、少なくとも約七五パーセント程度を下回る脱塩率のローズモルゲン注の脱塩乾固物を検体として本件性質(5)及び同(6)の試験を行うと、青色や緑色を呈することがない可能性があるというべきである。

4  以上検討したように、FN原液『フジモト』の導電度がノイロトロピン原液のそれ(約一・四mS/cm)と同じであると認めるに足りる疎明はないうえ、本件性質(5)及び同(6)の試験において、検体とするローズモルゲン注の脱塩乾固物の脱塩率が七〇パーセント台まで低下すると、本件性質を認めることができなくなる可能性があり、その他、FN原液『フジモト』の塩濃度が右各試験において青色あるいは緑色の反応を示す範囲内であると認めるに足りる疎明もない。したがって、仮に債権者が主張するように、ローズモルゲン注の不完全脱塩乾固物が本件性質(5)及び同(6)のみならず(この点はすでに認定したように一応認められる。)、同(1)及び同(2)をも有することが一応認められたとしても、FN原液『フジモト』が本件性質を有するとは一応にせよ認められない。

そうすると、本件特許権侵害の行為を認めるに足りる疎明がないことに帰着するから、債権者の申立ては、その余の争点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判長裁判官 末永進 裁判官 山崎秀尚 裁判官 北川和郎)

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